真宗大谷派(浄土真宗)龍善寺の旧本堂内陣のご紹介

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真宗大谷派 龍善寺の旧本堂内陣

龍善寺の旧本堂内陣
本堂

一段高くなった内陣は、極楽浄土を表し、壁面・荘厳は、全て金箔・漆にて仕上げられ、欄間には、天女の彫刻が施されております。

正面には、本尊である阿弥陀如来立像が安置され、正面向かって右側には、宗祖親鸞聖人のご絵像、正面向かって左側には、第八代ご門主の蓮如上人のご絵像が掛けられ、そのさらに外側には、七高僧及び聖徳太子像、先代住職ならびに坊守の法名がそれぞれ掛けられております。旧本堂内陣の荘厳は、新本堂の内陣にすべて移します。法要は、仮本堂でお勤めいたします。

■龍善寺の本尊(阿弥陀如来像)

本尊

阿弥陀如来立像は、およそ800年前鎌倉時代初期の作といわれております。「細かく刻まれた頭部の螺髪(らはつ)、伏し目がちながら上品で優しさの漂う表情、丸くなだらかな肩と腰の高い胴体、彫りの浅い流麗な衣文線等の特徴から、平安時代後期のいわゆる定朝(じょうちょう)様式(平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像の作者として知られる仏師定朝の様式)に連なる優品であると考えられ、(新宿)区内で現在確認されている中では最古のものである。」(新宿区教育委員会「新宿文化財ガイド」より抜粋)

■胎内仏・聖徳太子像

本尊

一木造、彫眼、彩色仕上げで、髪をみずらに結い、両手で柄香炉を捧げ持つ孝養太子像(太子16歳のときに父用命天皇を看病する姿をあらわす)です。室町時代の作と思われます。

元々は、当時の親寺である三河(現在の愛知県岡崎市)の上宮寺本尊の江戸でのご開帳が終わり、親寺に本尊を返す際に本尊の中から胎内仏として発見されたものです。

上記の当寺本尊とともに、江戸時代の大火や、戦災をくぐり抜けて現在に至っております。

また、親寺上宮寺の本尊は、昭和63年の上宮寺本堂焼失の際に共に焼失しており、当寺に有ったこの胎内仏だけが残ったことになります。

龍善寺の境内の枝垂れ桜

枝垂れ桜

旧本堂、境内としだれ桜

境内の枝垂れ桜が咲くときが、当寺が一番美しいときです。

当寺の枝垂れ桜は、最初、咲き始めは濃いピンク色をしておりますが、だんだんと満開に近づくにつれ、花びらの色は白くなっていき、ほとんど白に近くなった頃、境内は舞い落ちる桜の花びらでおおわれます。

区画墓地

龍善寺のご提供する区画墓地のご案内です。
200万円からご用意しています。

地図・周辺環境

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早稲田永代供養墓

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